「原爆絵画展」今年もボディペイントで参加
暑がりで汗っかきには必須アイテム

毎年8月になるとどうしても6日と9日(と15日)という日は個人的には脳裏にチラついてきます。
それでなくても、昔の朝ドラは8:15スタートだったので、8/6はいつもズレていて録画が失敗していたり、時代背景が戦前から始まるものは大なり小なり絡ませてくるので余計に生活に密着した生き方をしていたような。
日本は「唯一の被爆国」ですからね…
ヒロシマ市民が描いた原爆絵画展とは?
1974年、広島在住の被爆者の一人・小林岩吉さんが一枚の絵をNHK広島支局に届けたことから、被爆の体験を残そうという運動が広島市民のあいだでおこりました。1974年から75年にかけて、その数は2,225枚に達し、それが現在、広島平和記念資料館に保管されています。多くは絵を学んだことのない市民が描いた絵ですが、書き残した被爆者の思いが生々しく描かれています。その思いを追体験しようと、毎年、「原爆の絵画」のレプリカを借り出して展示しています。
引用元:川越地区原爆絵画展ブログ
こちらの「川越地区原爆絵画展ブログ」がわかりやすいかと思いますのでURLを貼っておきます。
▶ 川越地区原爆絵画展ブログを見る
原爆絵画展に参加するようになったきっかけは?

ボディペイントキッカケに原爆絵画展を見てもらえればと
2018年に川越市の市議さんに「絵が展示できるよ」とお声がけいただき、ホイホイと誘いにのった記憶があります(笑)
カッコよく言えば「義務教育当時は勉強嫌いで育った身としては大人になった今なら色々な角度から改めて勉強できるのかもしれない」と思ったりとね。
まぁ、基本的に欲まみれな人間なのでカッコいいことは言えません。
そんなこんなで今では平和を感じられるような絵柄のボディペイントで原爆絵画展を見た後の清涼剤の一環になればと参加させてもらっています。
戦争を体験した両祖父
小学校の頃は夏休みの宿題に「おじいちゃんやおばあちゃんに戦争について聞きましょう」なんてものがありました。
小さい頃しか会う機会が無かった母方の祖父はあまり語ってくれた記憶がありませんし、今思うと、その時点で終戦の昭和20年から40年経過程度だからまだまだギリギリ記憶に新しい部類のものだからこそ語り(思い出し)たくなかったのかもしれませんね。
「そういう時代だった」と言われればそれまでですが、先生も中々酷な宿題を出したものです(苦笑)
父方の祖父は私自身が大きくなるとことあるごとに「戦争はよくねぇよ」とか「平和について考えたことはあるか?」などと口にしていたものです。
当時の私は「戦争・平和」とうるせえ〜くらいにしか思っていなかったバカチンです。
今、思うと「もっと聞けるタイミングもあったのではなかろうか…」と思っても残念ながら時既に遅し状態。
小学生当時の視聴覚室にて
私が小学生当時は夏休み前とかになると視聴覚室などで「はだしのゲン」のアニメをよく見る機会があったように思います。
何分、小学生ですから学校でアニメが見られるなんていいじゃん!くらいなノリです(笑)
原爆の熱や爆風で、子供心に人間や犬などの動物が人体模型のように皮膚が溶けたりただれたりする場面をリアルだな感じたものです。
ただ、原爆投下後のエピソードてあまり記憶がないんですよね。
投下後、「それでも人間はたくましく生きていく」みたいなエピソードで締めくくるのかわかりませんが、全く記憶にありません。
原爆投下までのエピソードのドラマなどはよく放送されてたので、他のドラマなどで似たようなエピソードがかさ増しされているかもですが…
なんにせよ、
昔は朝ドラも戦争が絡むエピソードをナレーションベースなどだった気がしますが、今は登場キャラクタの背景や出来事で語るシーンも増えキャラクタを通じて考えさせられるようになったとも感じます。
時が経つにつれ色々と規制が緩くなったからこそ、そういう演出もできるようになったのかもあるかもしれませんね。
最近になって「はだしのゲン完全版」というものを買って、原爆投下後のエピソードを読みと心が辛くなり精神がすごく疲れます。
感情が追いつかないという表現が適切なのだろうか。
読みたいけど、原爆投下後のエピソードは手に取るのも精神がすごくすり減るんですよね。
(ゲンの母が火葬されたあとに骨が無いのはショックというか、そんな事があるのか???とも思いましたし、個人的には骨は究極の形見だと思ったりもします)
そして、うちにあるはだしのゲン文庫サイズなので字が小さく読むのも辛くなってきたという側面もあります(_ _;)
何も知らない小学生の頃は「ピカじゃ〜、ピカドンじゃ〜」と無邪気に叫んでいた過去の自分にお説教してやりたい…
振り返ると「両祖父とのやり取り」や「はだしのゲン」絡み、この辺りが私の原体験になりますかね。
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「戦争反対!」など声高々に言うのは性格に合わないけど、チョコバナナやケーキセットなんて贅沢だ!などになったら、「そいつはどうかな?」と異議申し立てをしたい派です。
それこそボディペイントなんて無駄の極みだろうしね。
個人的には何も気にせずに当たり前のように昼寝ができる穏やかな日々が欲しいだけだったりします。
例えば、それが酒ならそれに近い事を求める方は多いんじゃないかな?
そしてそのような気持ちが連鎖すれば平和というものに繋がると思うんですがいかがでしょう?
どうしてボディペイント?

川越地区では何十年と続いている原爆絵画展ですがチラシを渡すと今まで知らなかったという声も多かったのでその一助になればと
2021年だったかな?
コロナ時、イベント参加の機会があり同時に原爆絵画展も目前だったので少しでも知ってもらえればとチラシを掲示していて、うちの子と同じくらいのちびっこ達が「ゲンバクて何?」と聞かれたことに驚いたと同時にそれだけ時間が経過したのか…と思ったものです。
帰ったら「おじいちゃんやおばんちゃんに聞いてみな?」と話してみましたが、考えてみたらこの子の祖父母=うちの父母の年に近いだろうから戦後生れかと思い「もしいるなら、ひいおじいちゃんやひいおばあちゃんに聞いてみな?」と話しましたがどうなりましたかね?
だからこそ、ストレートに原爆絵画展そのものでこの活動を知ってもらえるのが理想だろうけど、平和があるからこそできるボディペイントなどの平和アートで間接的にでも知ってもらえるキッカケになればと。
▶ ボディペイントの見本を一部はこちらから
そんなわけで、
引き続き今年もボディペイントの平和アートからの角度で参加してますのでよろしければぜひm(_ _)m






















