44期の原爆絵画展を終えて
暑がりで汗っかきには必須アイテム


きぶな&あかべこ&へいわんも無事帰還
先日、今年も川越地区で開催された「第44期ヒロシマ市民の描いた原爆絵画展」も無事終了となりました。
原爆絵画展ならび平和アート(ボディペイント)ブースへお越しいただいた方には感謝申し上げます。
そして、クリエイターズキャラバン宇都宮〜原爆絵画展と出ずっぱりで共に走ってくれた、きぶなカレンダー&あかべこポスカ&へいわんアクリルスタンドに拍手を送ります。
原爆絵画展公式ブログもありますので、合わせてご覧ください。
おかげさまでボディペイントも盛況
今年も原爆絵画展を平和柄のボディペイント(平和アート)で小さく応援しました。
2026年今年の8月は10㈪11㈫祝日12㈬と平日メインだったので、客足はどうなるのか?…とも思いましたが、結果的には右肩上がりの感じで程よい忙しさと笑顔が見られました。
最終日の後半はペイントブースもラッシュで頭から煙が出かけましたがみんな喜んでくれたようなので良しとします。
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昔はバナナもぜいたく品ですからね
ボディペイント?平和アート?
気になる方は下記リンクへ進んでみてください。
原爆絵画展でボディペイント?
正直、凄惨な絵ばかりなので来ていただいたからと行って手放しで楽しめる催し物では無いので、見たあとに少しでも気持ちが安らぐキッカケになればと 平和アート のボディペイントで参加させていただいてます。
度々「原爆絵画展とペイントがどう繋がるの?」と至極真っ当な疑問を投げかけてくれる方もいらっしゃいます。
宮廷などのおかかえの画家ならともかく、個人的には「ペイントなんて平和でないとできないし、平和じゃなければ不用なもの。それこそ、あるていど平和といいますか自由が担保された世でなければ平和柄なんて描けないんじゃないかな?」
と、そんな感じに解釈していたりします。
もちろん「なるほど!確かにそうだよね」と解釈の方もいますし「ふーん、なるほど…」な解釈などの様々な方がいます。
あまり「平和!平和!」と連呼して意識して欲しいという性格では無いので、間接的にでもボディペイント(平和ペイント)のようなあきらかに生活に不必要なものを続けられる世というのはどういうことだと思う?という意思表示しております。
キッカケはどうあれ、「毎年このペイントがあるから来てるんだよね」という声が生で聞けたりすると、この角度からでも原爆絵画展に興味を持ってもらえているのは嬉しい限りです。
小さい子のお手てにペイントをしていると「そういえば手にお絵かきしてもらったところで見たモノは何だったんだろう?」と、いつかのタイミングでふと思い出してもらえればな。と願ったりもしています。

鯛みくじとちいかわが遭遇!?
確か2021年あたりのイベントで原爆絵画展のチラシを貼っておいたら「ゲンバクて何?」小学生の子が話していました。
私の両祖父が戦争体験者で父方の祖父は晩年になっても「戦争は良くねぇな」と常々話してました。
その小学生子から見ると曽祖父ラインにならないと聞けない体験談かもしれませんね。
そう考えると戦後の話は「それだけ昔話になったのか…と同時にマズイな…」とも思ったものです。
それこそ、絶賛上映中のちいかわの映画なんて平和がないと楽しめないのでは?
「なぜ、ちいかわ!?」とツッコまれそうですが、多分、夏休みと相まって小学生は当然としも私と同様半世紀ほど生きている大人でも見ている方がいらっしゃいました。
ボディペイントを提供しているとたまにこういう役得があったりします。
今回の原爆絵画展で特に感じたのが、ボディペイントをしていると老若男女問わず、みなさん自然と「〇〇が好き」というセリフ多くて意外とびっくりするんですよね。
普段会う人間関係によるのかもしれませんが、ひねくれた自分を含め普段の会話の中ではあまり「〇〇が好き」とかは聞かない。
こういう自分が楽しいと思うことや面白いと思うことが続けられる世であってほしいし、続けられて当然な世であってほしいわけです。
余談ですが、昨年4月に川越から東松山へ越し、散々悩まされた庭の雑草対策で始めた庭畑も平和ということを意識せずとも生きられるからこそ、放置プレイな庭畑でも作物が育つの事実と実感しています。
毎年この時期ははだしのゲンを思い出してしまう
小学生の頃は図書室に普通にはだしのゲンが書棚に並んでいるもの読み(別の見方をすれば文字ばかりの本を読みたくない小学生でした)、時期は忘れましたが夏の暑い頃は視聴覚室ではだしのゲンを見ていました。
やはり、動きとしては漫画よりアニメの方が嫌なシーンというのは脳裏に焼き付きますね。
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まだまだ夏休みの宿題に祖父母の戦争体験を聞くという宿題が出ていた世代なので、当時、戦後40年ほどの経過時点でも戦時中の話は身近にあったように思います。
何かといえば「昔はモノが無かったんだよ」「ひもじい思いをしたんだよ」「もったいない」という言葉をよく聞いたものです。
私自身、日常会話にそういった言葉が出るのは幼少期からの耳タコレベルで下地があったからこそかもしれません。
そんな祖父母を持った世代としては8月というのはどうしても原爆や戦争というのを無意識に考えてしまう月でもあります。
だからなのか、なんとなしに縁起のよいとされるものや魔除けとされるようなものも求めてしまうのかもですね。
占いとかは全く興味ないんですけどね。
ヒロシマ市民の描いた原爆絵画展の絵画も毎年初めて見る絵ものもあるので、絵+文のものも絵のみのものでもどうしても感情が処理しきれないものがあります。
昨年から継続の被爆体験証言者の証言をもとに広島の高校生の美術部が制作した絵は更に心をえぐりに来ます。
見た方はヒロシマ市民の描いた原爆絵画とはまた違った、何かしら思ったり感じたりすることはあるのではないでしょうか?
個人的には「平和」なんてことを意識せずに、何も気にせずに当たり前のように昼寝(人によっては推し活?)できるくらいの世が欲しいだけです。
去年の原爆絵画展を終えてからのブログリンクと今年の原爆絵画展ポスターも貼っておきますので、よろしければご覧ください。
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第44期ヒロシマ市民の描いた原爆絵画展ポスター























